正直に言うと、私は一度、保育士という仕事を諦めかけました。 新卒で入った都会のマンモス園。そこはまるで戦場のようで、子どもの顔を見る時間よりも、書類と時計を睨んでいる時間の方が長かったからです。「先生、遊ぼう」という小さな手を、「ごめんね、後でね」と振り払ってしまう自分。帰りの電車で窓に映る疲れ切った顔を見るたび、「私がやりたかった保育って、こんなんだったっけ?」と自問自答していました。 そんなある夜、実家のある奈良に帰ろうか迷いながら、何気なくPCを開きました。検索窓に打ち込んだのは「 大和高田市で保育士求人」という文字。それは、すがるような気持ちと、半分諦めの気持ちが混ざった、惰性の検索でした。けれど、そこで出会った一つの園が、私の止まりかけていた時間を、ゆっくりと、でも確実に動かし始めたのです。

面接の日、園に足を踏み入れた瞬間のことを今でも覚えています。 静かでした。いえ、音がないという意味ではありません。子どもたちの笑い声や歌声は溢れているのに、そこには「焦燥感」というノイズが全くなかったのです。 廊下ですれ違った先生が、立ち止まって子どもの目線に合わせて話を聞いている。事務室では、パソコンに向かう先生と、お茶を飲みながら談笑する先生がいる。 「ああ、ここは時間がゆったり流れているんだ」 直感的にそう思いました。そして、園長先生の「私たちは、先生が幸せじゃないと、子どもも幸せになれないと思っています」という言葉を聞いた時、張り詰めていた糸がプツンと切れて、涙が溢れてしまったのを覚えています。

実際に働き始めて、驚きの連続でした。 以前の職場では当たり前だった「持ち帰り残業」。ここではそれがほとんどありません。ICTが導入されていて、連絡帳や日誌はタブレットでサクサク終わります。「文明の利器ってすごい……」と感動している私に、先輩は笑ってこう言いました。「空いた時間で、明日の保育のワクワクすることを考えた方がいいでしょ?」。 その言葉通り、ここでは「やらなきゃいけないこと」に追われるのではなく、「やりたいこと」について語り合う時間がたっぷりとあります。 「今度、園庭でこんなことしてみない?」「あの子、最近虫に興味があるから、図鑑コーナーを作ろうか」。職員室で飛び交うのは、業務連絡ではなく、未来へのアイデアです。誰かが困っていたら、すぐに誰かが手を差し伸べる。新人の私にも「〇〇先生はどう思う?」と意見を聞いてくれる。 私が求めていた「チーム保育」が、ここには確かに存在していました。

もちろん、楽なことばかりではありません。子どもたちは一人ひとり違う個性を持っていて、思い通りにいかないことの連続です。でも、以前と決定的に違うのは、その「大変さ」を一人で抱え込まなくていいということです。 失敗しても、「次はこうしてみよう」と一緒に考えてくれる仲間がいる。保護者の方々も、「先生、いつもありがとう」と温かい言葉をかけてくれる。地域全体で子どもを見守る温かな眼差しが、この街には根付いています。 ふと気づけば、私は以前よりもずっと多く笑うようになっていました。休日も、泥のように眠るだけだったのが、今では近くのカフェに出かけたり、趣味の時間を持てたりするようになりました。心に余裕ができると、子どもたちの些細な変化にも気づけるようになります。「先生、今日のお洋服かわいいね」「先生、髪切った?」。子どもたちも、私の変化を敏感に感じ取ってくれているようです。

先日、以前の職場の同僚と久しぶりに会いました。彼女は私の顔を見て、「なんか、表情が柔らかくなったね」と言ってくれました。 その時、改めて思ったのです。働く場所を変えるということは、単に通勤経路が変わるということではありません。生き方そのものが変わるのだと。 もし今、画面の向こうで、かつての私のように「もう辞めたい」と膝を抱えている人がいたら、伝えたいことがあります。 保育士という仕事が辛いのではありません。あなたが今いる環境が、たまたま合わなかっただけかもしれないのです。 エプロンを外す前に、もう一度だけ、場所を変えてみる勇気を持ってみませんか?

ここ奈良・大和高田には、あなたがあなたらしく輝ける場所がきっとあります。 子どもたちの「先生!」と呼ぶ声に、心からの笑顔で「なあに?」と答えられる。そんな当たり前で、最高に幸せな毎日が、ここなら叶うのです。 一度は捨てようとしたエプロンですが、今では私の宝物です。明日もまた、このエプロンをつけて、大好きな子どもたちの待つ園へ向かいます。 あなたと一緒に働ける日を、心から楽しみに待っています。