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幼稚園の先生達は明るくて楽しいひとばかり。
英会話スクール勤務の時に、外国人講師と週1でレッスンに行っていたときのお話です。レッスンと行っても、口コミで大和高田で保育士を採用するとまだまだ小さいお子さんばかりだったので、主に楽しい英語の歌を聴きながらお遊戯をしている感じと思ってください。月初めは、新しい曲や振り付けにとまどう子供達30人近くを、2,3人の幼稚園の先生が付き添って、一緒にレッスンに参加。やんちゃな男の子がいると、保育園が評判の奈良でもなかなかにはものすごく怖い顔で怒る先生がいて、それでも愛情たっぷりなのがわかるので、その後の男の子の甘え方といったら、甘えん坊さんねっとつい言ってしまいたいくらいのほのぼのさ。先生が万遍の笑顔で子供達に接するときの顔は、大人の私が見ていても、ついとろけてしまうくらい、心が温かくなるほどでした。また、少し大きくなった年長さんクラスになると、付き添いの先生は、一人になり、またまたおどけた男の子が先生にちょっかいを出したりしていました。先生も一人なので、強めに叱り、怖い顔をしますが、ジョークを言い合う時には、仲良しの兄弟のようにはしゃく先生と子供達。毎回、こちらの幼稚園に行くたびに、笑顔になって、先生達の明るい性格は、子供達だけでなく、大人も元気に明るくしてくれる存在でした。子供の時に最初にお世話になる先生が幼稚園の先生になるので、性格が明るくて人を楽しませる先生は、本当魅力的ですね。
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幼稚園の先生は、子供も親も育ててくれる
幼児期、初めて親と離れて長時間過ごす事になる幼稚園。私の子供時代は二年保育が主流で、求人の保育士を奈良の大和高田では年少から幼稚園に入る子は珍しい方でした。じゃあ年中からならお友達も沢山いるし、幼稚園なんて余裕なのかと言えば全くそんな事は無く、仲の良い幼馴染とはクラスが違うし、周りは知らない子達ばかりでよく泣いていたのを覚えています。けれど、そんな私の様子を見て、とても忙しいはずの担任の先生は、よく声掛けをしてくれたり、私を膝の上に乗せてたくさんお話をしてくれて、徐々に安心して幼稚園に馴染む事が出来ました。不安がある時、先生という安全地帯を作ってくれたから出来た事だろうなとすごく感謝しています。話題の奈良から保育園を探すとなると今は親の送迎か園バスが当たり前ですが、当時は先生が園児を集団で歩かせて自宅近くまで送ってくれていました。田舎だったので、たまに道の途中でたぬきが出て来たり蛇が出て来たりするのですが、そういう時はパニックになる私達を優しくなだめてくれたり、私達の前に腕を上げてかばうようにして歩いてくれたり、すごく守られている安心感がありました。もう一人のお母さんといった感じで、卒園してからもつい何度か幼稚園に遊びに行ってました。親になって地元で子育てしている為、自分が通っていた園に子供を通わせる事になったのですが、その先生はもう退職されていました。それは残念でしたが、自分の子を担任してくれる事になった先生が、私の先生についてずっと働いてこられた先生で、どことなく教育方針が私の先生と同じ様に感じました。育児に関する不安に対しアドバイス頂いたり励まして下さったり、時にはお叱りをうけることもありましたが、それは子供と私の事を考えてくれているのがよく分かって、嬉しかったです。先生のお陰で、味方がいるんだと安心して育児出来ました。子供の頃から何かと不安を抱えやすいのですが、幼稚園の先生のお陰で、どちらも乗り切る事が出来、とても感謝しています。
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バレンタインデー
幼稚園の年長さんの時のことです。年長さんともなると、女の子も男の子もちょっとマセてきてバレンタインデーがとっても気になるお年頃のようでした。評判になっている大和高田の保育園は通っていた幼稚園は、そんなにうるさくなかったのでチョコについての注意も無く、バレンタインデーが近づくにつれて女の子たちは「誰にあげる?」なんて盛り上がり、男の子たちはソワソワドキドキという感じでした。うちの息子はどちらかというと大人しい方でしたが、私も特にチョコについて気にもせず・・・いよいよバレンタイン当日。朝、幼稚園へ行くと、口コミから奈良で保育園が良いと何やら下駄箱がいつもより騒がしくなっていました。見ると、数人の男の子の下駄箱にチョコが入っていたとか。「誰からだよ~!」なんて男の同士がワイワイ盛り上がっています。息子の下駄箱には、もちろん何も無し。その時初めて、私は「みんながもらえて、うちの子だけもらえなかったらどうしよう」と心配になってきました。息子は何か感じていることがあるのか、無言で上履きに履き替えてお教室へ。私も普段通りの振る舞いで息子と一緒にお教室へ。先生に相談しようか、とも思いましたが、過保護かもしれないと迷い、結局そのまま普段通り、息子をお教室へ置いて帰宅しました。その日は一日気が気ではなく・・・息子がキズついているのではないか、心配で仕方ありませんでした。お迎えの時間になり、すぐに幼稚園へ。お教室へ行くと、息子がニコニコして出てきました。いつも通りのニコニコを見て安心半分、話を聞きたい半分。帰り道、息子が言うには「バレンタイン、もらった!」と。小さな袋に入ったチョコを大事そうにカバンに入れて持って帰ってきました。後から聞いた話で、下駄箱にチョコが入っていたのはクラスの半分の男の子たち。残りの男の子たちには、先生たちがそっとかばん置きのロッカーにチョコを入れてあげたそうです。そんなわけで、クラスの男の子全員が無事にチョコをもらえ、息子にとってもバレンタインは嬉しい思い出になりました。先生たちの気遣いに感謝です! -
自分の体験を語ってくれる幼稚園の先生
年少の娘がいます。4月に近所の幼稚園に入園以来、娘は毎日幼稚園で習う歌を歌い、どんな工作をしたのか、誰がどんなことを言ったのか、評判の奈良でも保育園はどこにもひたすら詳細を話してくれ、毎日が楽しそうです。そんな娘をある日、サプライズのつもりで覗きに行ってみました。運よく、園庭でクラスの子ども達と遊んでいるところでしたので、物陰から様子を見守っていました。自分の娘は積極的で少し行動的すぎる面があると感じていましたが、その日は一人で隅っこでしょんぼりしていました。家で話している楽しい雰囲気とは違うため驚きました。求人の保育士は奈良から大和高田で家に戻って話を聞いてみると、「あそぼ」と言ってみたけど「ダメよ」とお友達に言われたため、悲しくなってしまったそうです。4才と言えどもしっかりとグループを作りがちな女子の世界が存在していました。同時に、家で楽しそうに話している姿としょんぼりしている姿にギャップを覚え、幼稚園の先生に夫婦で日頃の話を聞いてみたところ、幼稚園の先生は自分の体験を踏まえて詳しくお話をしてくださいました。先生は、幼稚園の頃はお友達に意地悪されても叩かれても、何も言えず、黙っているタイプの子で、お家の方にも素直にお話できなかった。あるときお母様にバレて、強くなるよう毎日毎日諭されたそうです。そんな自分の体験から、意地悪されて落ち込んでいる子を励ましたり、言い訳する意地悪な子が甘えてくるときにも可愛さに騙されないように自分を奮い立たせているとのことでした。意地悪して怒られる子が先生に甘えてくる、ということをしっかりと見極めてらして安心できるなと、少し嬉しくなリました。
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幼稚園の先生からのお土産
幼稚園の先生がよくお土産をもってきてくれる人でした。色々なところにいくことが多い人だったらしく、そのときにその土地の色々な文芸品とか工芸品をもってきてくれるということがあったわけです。評判の奈良でもここの保育園は特殊な石とかもありました。しかし、思い出に残っているのは貝です。いわゆる耳に当てると海の音がするというような感じの貝です。実際に海の音がしているわけではなく中の空気が云々というようなことがあるのですがそういう貝をもらえた時のことをよく覚えています。一人一人に配ったというのではなく数にもそれなりに限度がありますから、人気の奈良でも大和高田で保育園が欲しい人だけ前に来てとっていくようにと言われてみんなためらっているところを私がズカズカと取りに行ったところ、欲しい人がその後続々と出てきたというようなことを覚えています。意外と子供のときというのは好きにすればよいといわれるとなかなか行動に移せないものなのだなぁと今、思い返してみると感じることでした。その貝なのですが今でももっています。白っぽいやつでそこそこ大きいのをもらいましたので今でも飾っています。なかなかよいインテリアとなっています。こうしたお土産を割りとくれる先生でしたから、いい先生だと思ってました。
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子供の輝きを尊重してくれる保育園の先生に感謝
息子が保育園で年中さんの時のエピソードです。劇の発表会があり、保護者として見に行きました。奈良の大和高田で保育士の求人を息子は自分の出番ではない場面なのに舞台でウロウロしたり、その場に居座ったりと明らかに劇の進行の邪魔をして、物語としておかしなことになっていました。クラスのお友達はみんなきちんと役割をこなしていたので、話題の保育園を奈良で見つけようと 自分の子供だけが出来ていないことが恥ずかしくて、申し訳なくていたたまれない気持ちでした。後日、先生に「残念でした」と伝え、自分の出番ではない時は「今は出番ではないよ」と指導して欲しかったと伝えました。いけないことをしているのに野放しになっていたように感じたのです。先生がおっしゃるには、連日の劇の練習では劇をとても嫌がっていた息子が、本番では嬉しそうに伸び伸びと劇に参加していたので、先生としてもとても嬉しく思い、あえて出番以外の場面でも引っ込めることはせずに自然にまかせていたとのことでした。先生の思いを聞いて、私は親として大変恥ずかしく思いました。私は息子がクラスに迷惑をかけている、1人だけおかしな子供がいるとか世間体を気にしてばかりいました。先生は劇が台無しになるとは考えずに、息子が本当に楽しそうにキラキラした笑顔でみんなと一緒に劇に参加できていることを尊重してくださっていました。感謝の気持ちでいっぱいです。
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保育園の先生の優しさ
私は保育園が好きではありませんでした。当時人見知りも凄く、なにより母と離れたくなくて毎日泣いていました。本当に毎日号泣。朝から帰るまで泣き通していた日もたくさんありました。そんな泣き虫な私を先生達は、人気の保育園を奈良の大和高田でもいつも優しく見守って下さいました。遊ぶ時間に泣いていて遊べないとどうしたの?と優しく声をかけてくださり、なかなか迎えが来なくて泣いていると大丈夫だよ、一緒に遊んで待ってようと言ってお迎えが来るまで付き合ってくださいました。口コミで奈良の保育園を抑えると卒園する時にもらったお手紙には、泣き虫さんが笑顔になってくれると嬉しかったです。これからも優しい子でいてくださいと書いてあり、とても嬉しかった記憶があります。時がたって中学生の時に職場体験で、自分が通っていた保育園に行く事になりました。当時泣き虫だった私の相手をしてくださっていた先生が、職場体験の時の担任クラスの先生でした。もう忘れられているかと思いましたが、あった瞬間に◯◯ちゃん?と声をかけてきてくださいました。覚えていてくださってとても嬉しかったです。2日間職場体験を無事にこなし最後にご挨拶に伺うと、あんなに泣き虫だったのに立派にお仕事してる姿を見て感動した。ちゃんと優しい子のまま育ってくれて、あの手紙を書いてよかった。と涙ぐんでいました。何年も前の何十人もいるクラスの1人だった私の事をそこまで覚えていてくれて、こんなに感動してくれて、私まで涙ぐんでしまいました。こんなにいい先生に出会えた事とても嬉しく思いました。
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初恋は幼稚園の先生で
年中組の先生はいつも朝会では園児たちをテキパキと整列させて、ピアノを弾くようなサババサしたタイプで、特別好きとかそういう気持ちはありませんでした。奈良の大和高田で求人の保育士はそんな普通の幼稚園時代を送っていましたが、年長組に上がった時に出会った担任の先生には、今思えば初恋に近い好意を抱いていました。決して頼りないわけではありませんが、これからは奈良から話題の保育園を見た目はおっとりしていそうな感じで、今思い返すと特別美人というわけではありませんが、かわいいルックスだったと思います。不思議と当時の自分は年中の時の担任の先生と年長の担任の先生が並んだ時に、一目散に年長の先生に飛び込んでいた記憶があります。いつも包容力があり、他の園児からも人気の先生でした。年中時代はいつもいじめられていて、友達もできないまぁまぁきつい日々を当たり前のように過ごしていました。年長に上がってからは転園してきた友達と毎日遊び、幼稚園に行けば好きな先生にひらがなや音楽を教わって鍵盤ハーモニカを練習する毎日。恋愛感情に自覚していなかったので本当に疎かったのですが、当時なりに自分のことを好いてくれる女子も居たので案外充実していました。いつ知ったのかは憶えていませんが、卒園してから間もなく、初恋の先生は結婚して円満退職されたそうです。きっと何処かで幸せな日々を送っている事を願っています。
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私を認めてくれた幼稚園の先生の話
幼稚園児の私は、在籍している幼稚園の先生方から「人と同じ行動のできない子ども」として目をつけられていました。きっかけは家族の絵の描き方でした。保育園を奈良で見つけるのは大和高田で私が在籍していた幼稚園では、人の絵を描くときは黒のクレヨンで顔や体のパーツの輪郭を描いてから、肌色のクレヨンで色づけするように教えられていました。この保育園が奈良では話題とクラスの子ども達は私を除き、この教えに従って絵を描きました。しかし私は先生の教えに従わず、輪郭を描かずに肌色のクレヨンだけで人の体を描きました。実際の人の体には黒の輪郭はないと考えたからです。当時の担当教諭にはこの行動を反抗と受け取られてしまい、とても(声をあげて泣いてしまう程)怒られました。その日から、その先生はことあるごとに私を叱るようになりました。お弁当の食べ方、クラスメイトと並んで行動するときの小さな振る舞い等々、クラスメイトと少しでも違う行動を取れば叱られました。そういうわけで、私は幼稚園の先生達から「人と同じことができない子ども」として幼稚園の先生方に目をつけられることになりました。一方で私も、先生に怒られることが嫌になり、教室からの脱走するようになりました。幼稚園の先生方に見つからないように隠れる生活。それは衝動的な行動でしばらくなると、独りぼっちが寂しくなります。だけど、そういうときに必ず一人の女性の先生が私を見つけてくれました。フワフワした髪が印象的で、私を見つけると「見つけた!」と笑顔で私を抱きしめてくれました。すると寂しさで冷たくなった心がフワフワした綿に包まれたように暖かくなり、私を笑顔にさせてくれるのです。そしてこのフワフワ先生は私を抱きしめた後は、私の話を聞いてくれるのでした。私が黒のクレヨンを使わない話をしたときも、先生は怒らず笑顔で話を聞いてくれました。そして先生は「よく考えたね・がんばったね」と私が人と違うことをしても、いつも笑顔で認めてくれました。その上で、「こういうやり方があるの、それを一緒にやってみよ」と教えてくれるので、私は先生の教えてくれたことはすんなりと受け入れることができました。そして気がつくと私は皆と違う考え方を持ちながらも、皆と同じ行動ができるようになりました。そして幼稚園から卒業し、小学校に入学してからは、友達ができ、一緒に遊んだり、習い事をしたり、勉強したりするようになりました。そしてその友達とは現在も幼なじみとして、親友して関係が続いています。フワフワ先生のことは今でも感謝しています。
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面倒見の良い先生と出会えてよかった
自分は神奈川県の伊勢原市に住んでいて、二人の子供がいます。二人とも同じ幼稚園に通わせました。幼稚園選びはインターネットを活用してとても慎重に選びました。保育園を奈良で見つけるのは大和高田で結局決定した幼稚園は、「伊勢原山王幼稚園」でした。最初に長男となる息子がその幼稚園に通うことになりましたが、その時に担当してくれた先生は、なんと1年目の新人の先生でした。しかも、伊勢原山王幼稚園の卒園生でもありました。最初は、評判の奈良で保育園を新人先生になってしまったのが、少々不安でしたが、その先生は新人なだけにとても熱意を持って保育活動をしてくれてました。息子の様子も、幼稚園バスの送り迎えの時間の短い中でいろいろと教えてくれたのが助かりました。先生は、息子が少々引っ込み思案であることに気付いてくれていて、息子が活動的になるように、熱心にフォローしてくれたのがよかったです。
一方、その2年後に長女が同じ幼稚園に入りましたが、その時にはベテランの先生でした。ベテランの先生は新人先生とはまた違う良さがあり、安心して娘を任せられました。娘は比較的マイペースで人の話を聞かないところがあるのですが、先生に相談したら、そのことについて注意深く見守りながら保育してくれたのが嬉しかったです。