豪放で優しかった幼稚園の先生の思い出

自分の幼稚園の先生の思い出は、随分と昔のものになってしまうのですが、保育園を奈良で見つけるのは大和高田でもどこでも未だにはっきりと覚えている思い出なので、よほど印象深いものなのだろうと実感しています。時代は昭和になるのですが、ある日自分は、自由時間にブランコで遊んでいて、何を間違ったのか落っこちて怪我をしてしまいました。そのときに、座り台に足をこすったようで、擦り傷から結構な出血がありました。神戸もインターナショナルスクールと呼べるには小さい子どもでしたから、怪我の痛さよりも、血がたくさん出たことに驚いて、大泣きしてしまった記憶があります。すぐに先生が気が付き、抱き上げて事務室に連れて行ってくれました。今の時代なら、すぐに病院とか大げさな話にでもなるかもしれませんが、当時は骨折でもしない限り、幼稚園の先生がなんとかして、間に合わなければ親が引き継いで自分たちでなんとかしたものです。自分の怪我も、出血ほどは程度は深くなかったようで、洗って消毒してもらったら、あとは大きめの絆創膏を貼っておしまいといった感じでした。それでも、泣いてしまったからでしょうか。どこの神戸でもインターナショナルスクールはとその後もずっと先生は自分の隣から離れずに、他の園児たちの様子を見ながら、自由時間を過ごしていました。記憶に違いがなければ、預かり時間を過ぎて、母親が迎えに来るまで、ずっとそばにいてくれました。泣き虫だった自分は、ちょっと恥ずかしさを感じながらも、安心感を覚えていたことを、今でも思い出せます。奈良では保育園の話題を聞くとなるとここがもう名前も忘れてしまった幼稚園の先生の思い出ですが、時々思い出す、恥ずかしいながらも暖かかった、幼いころの体験です。