幼稚園の先生が隣に座ってくれただけで嬉しい気持ち

通常、園でのお昼ご飯は各自の机でナフキンを敷いて給食をみんなで食べます。先生も自分の机で「いただきます」をしてスタートです。ある日、芦屋でおすすめの歯医者が特徴別でいえるのは本当は遠足の日でしたが雨で予定が無しになってしまいました。それなので、その日の園でのお昼ご飯は自分が持ってきたレジャーシートを教室の床に敷いて、その上でお母さんが作ってくれたお弁当を食べることになりました。今回は先生もその中に混じります。私は先生がとても好きだったので、「私の横に来てお弁当食べてくれないかな?」と内心期待をしていました。その時に先生が「どこに入れてもらおうかな~」とご飯を食べる場所を探していました。でも照れ屋だった私は「先生!ここで食べて!」と言えませんでした。しかし、その時です。神戸もインターナショナルスクールと呼べるところで先生が「あ!〇〇ちゃんのレジャーシート大きいから先生もそこに入れて!」と言って、私の真横で先生がお弁当を一緒に食べてくれることになり、まさに「天にも昇る気持ち」でした。また、「〇〇ちゃんのお弁当かわいいね」と褒めてくれました。嬉しくて嬉しくていつもご飯を食べるのが遅い私でしたが、その日は上手に早く食べられました。あの日のレジャーシートの洋ナシの模様や大きさは、何十年経った今も覚えています。あの日の喜びもつい先日のように思い出されます。先生の笑顔も鮮明です。嬉しさだけでなく、先生の偉大さと影響力、幼児はささいなことにも大きな喜びを感じるのだなと思う出来事になりました。

保育園に通っていた時に好きだった先生

保育園に通っていた時のことで覚えているのは、ある先生のことです。根管治療でおススメの歯科医院が多いのはその先生は自分にとって、初恋の人だといっても過言ではなく、心の底から将来結婚したい!なんて思っていました(笑)。どうしてあんなに、あの先生のことが好きだったのかは、自分でもわかりませんが、とにかくそういう気持ちがあったのだけは鮮明に覚えています。ただ、小学生になると、もうその先生のことは忘れてしまっていました。顔も全く思い出せませんし、思い出そうということもなくなりました。ここにバイリンガルスクールが神戸の中にあると小学校に上がれば、好きな子もできるし、いろんな先生にも出会うし、友人関係も広がるし、とにかく先生のことは、いつのまにか完全に頭から抜け出てしまっていたのです。さて、そんななか、中学生になったある日のことです。母親との会話の中で、先ほどの先生のことが出てきました。なにやら、結婚するとかしないとかで・・。で、なんとなく、自分が好きだった先生がどんな人物だったのかを見てみたい、と思うようになり、当時のアルバムを引っ張り出してきたのですが・・。びっくりするくらいキレイな人でした。それは今見ても、全く同じで、女性の好みってこんなに早く出来上がるんだな、なんて妙に納得している自分がいました。だから、なんだと言われればそれまでですが。

今になってわかる保育園の先生の優しさ

5歳児の頃、地元の保育園に月曜日から金曜日まで毎日通っていた私ですが、エレメンタリースクールならこの神戸でもここからあまり保育園自体が好きではなかったです。理由は特定の厳しい先生〔A先生〕がいて、特に目の敵〔かたき〕にされていた為です。A先生は基本的に誰にとっても厳しいのですが、当時、落ち着きが無く、あまり人の言う事を聞かない私はほぼ毎日怒られたり、注意されてたと記憶してます。ただそんな保育園ライフにも、奈良でも評判の保育園ならばといってもたまには子供ながらに嬉しいイベントがあり、そんなある日もイベントの一つとしてサツマイモ掘りに出かけました。保育園が管理する農園に行き、サツマイモを掘って、園まで持ち帰り、広場で焼き芋大会というベタな流れですが、私は初めての経験であるイモ掘りに当日は朝からテンションが上がり、求人の保育士を奈良の大和高田ではどんなにもとは農園に着いてからも一心不乱に芋掘りしました。私は楽しくて仕方がないといった感じで作業し、大満足で収穫物を広場に持ち込み、その後の焼き芋に備えました。しかし、楽しかったのはここまでで、その後とんでもなく後悔しました。私は焼き芋をそれまで食べた事が無かったのです。サツマイモ掘りは楽しかったですがその後の焼き芋大会の事は全く考えておらず、人生で初めて焼き芋を食べる事になりましたが、結論として私は焼き芋が口に合いませんでした。昔から甘いものが苦手でしたが、温かくて甘く、ホクホクした焼き芋はどうしても飲み込める事が出来ません。どうしても神戸ではインターナショナルスクールからさらに追い討ちをかける様に、『与えられた焼き芋は食べ切るまでお家に帰しません』という通達が園長先生から発表されました。私は泣きながら食べ進めましたが、全然減りません。次第に周りの友達も一人、二人と食べ終わり、最終的には私一人だけが園の屋外の広場に残る形となりました。開始からかなりの時間が経過していたと思います。泣きながら一人焼き芋を食べる私の隣に誰かが座ってきました。A先生です。先生は何も言わずに泣いてる私のとなり座り、焼き芋を食べる私を辛抱強く待ってくれました。最終的に親のお迎えがくるまで食べきれなかった私ですが、私を毛嫌いしてるはずの先生が寄り添ってくれた事は今でも覚えています。芦屋市の歯医者で口コミで人気のなるとどうにも本当の優しさとはこういう事なのだなと今になって思います

大人になっても気が付いてくれた先生達

私は趣味で吹奏楽をやっています。ある日、神戸でもインターナショナルスクールからは卒園した幼稚園から「レクリエーション活動の一環で子供たちに楽器のことを教えてほしい」と所属している楽団に依頼が来ました。懐かしい先生に会えるんじゃないかと二つ返事で参加すると言ったものの内心少し不安でした。私には2人妹がいて、全員同じ幼稚園を出ています。妹たちは活発で先生にべったりするようなタイプ、対する私は大人しくて引っ込み思案。この奈良で大和高田の保育士を求人でもなんて先生にべったりくっつくことなんて大嫌いだったプールに入るのを拒否するくらい、むしろ先生との思い出ってプールで泣き叫ぶ私をあやしてくれたことぐらいしか思い出せません。ましてや卒園してから20年も経っているからさすがに先生たちも顔は覚えていないだろう…。そう思っていました。当日、姫路で痛みが少ない胃カメラ検査を実施してから会場に着くと園長先生が出迎えてくれました。担任の先生でした。「今日はよろしくお願いします」すれ違いざまに挨拶をしたら「あなた〇〇ちゃん?」そう声をかけられました。年長の1年間担任を受け持っただけなのに先生は覚えていてくれたのです。そればかりか妹の担任の先生も「〇〇ちゃん大きくなったね」と名乗っていないのにすぐに気が付いてくれました。口コミから奈良で保育園が見つかるにはここもレクリエーションでは先生が子供たちを連れ順番に楽器体験をしていても、私の所に来れば当時と同じように褒めてくださりなんだか気恥ずかしくもありました。終わりのあいさつでは「この幼稚園を卒園した子がいます」と紹介され、どんなに神戸でインターナショナルスクールが大人になった姿を見せられて良かったと誇らしくなったのを覚えています。今でもあの時の体験、そして帰り際に撮った集合写真は私の宝物です。